後窪遺跡(こうわいせき、英語:Houwa sites)は、遼寧省東港市 (旧東溝県)馬家店町の三家子村後窪屯にある新石器時代の遺跡である。この遺跡は、2013年に第7陣全国重点文化財保護単位に指定された。

後窪遺跡は、黄海沿岸から南に16キロメートルの遼東半島の黄海沿岸北部の海岸平野に位置している。遺跡は後窪屯の東側の台地に集中しており、南北の長さは170メートル、東西の幅は10メートル、面積は1万7000平方メートルである。1981年、丹東文化財調査チームが後窪遺跡を発見し、試験発掘を実施した。1983年から 198年にかけて、遼寧省博物館、丹東市文化局、東溝県文化局は後窪遺跡の正式な発掘調査を実施し、43の住居跡、20の灰穴、および114,427点の陶器片 (393個の復元された陶器)、1668個の制作ツール、90個の彫刻、および17個のその他の器具を発見した。

発掘の結果、文化層は4層に分かれており、同じ遺物が出土する第2層と第3層を総称して上層、第4層を下層と呼び、上下で異なる文化に属していることが判明した。後窪下層文化の文化的内容は、遼寧省南部の小珠山下層文化と一定のつながりがあり、6,000年前のものである。後窪上層文化は約5,000年前のものである。

日本語の源流となる仮説上の言語「大陸倭語」について、後窪文化と関係ありとする説も提案されている(Robbeets 2017)。

脚注


令和5年度 史跡大鹿窪遺跡整備工事 有限会社藁昇建設

大鹿窪遺跡 ガレージ ペスカ

2009年度 佐久穂町小山寺窪遺跡の発掘調査 YouTube

【R6年12月1日(日)】遺跡・史跡シリーズ3「見慣れた風景の下に眠る遺跡」《内容》開発事業に伴う発掘調査を行った県内の遺跡の中から、霞城

遺跡